えちかワークスの幸せな未来とコンセプトを作る話

これからの幸せな未来と仕事の話をしよう。

価値のある情報発信という呪い

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個人で仕事をしたり、ブロガーみたいな形で何かを
発信するとなると付きまとうのが

「価値のあることを発信しないといけない」

という事ですよね。

そもそも、価値のある発信とか役に立つ発信って言われた瞬間に、
思考がフリーズして何していいかわからんくなったりします。

そのために、仮想の読者を作ったりして、性別や年齢
ライフスタイルなんかを考えて・・・・ギャーってなったりします。

たしかに、何食べたとか、何したとか
個人的な日記は誰も興味ない言うんはわかる。

でも、自分の発信で役に立つことってなんやねん。

  • 大したスキルが有るわけじゃない
  • ノウハウがあるわけでもない
  • そもそも、自分の持ってる技術を書く事自体無理がある
  • 結局ノウハウあるやつだけがうまいこと行くんちゃうんけ!

・・・っていろんな考えが頭の中をぐるぐるぐるぐる
渦巻いてどないしようもない位になったり。

そうやってる間に、らくらく情報発信してる人を見て、イライラしたり、
自分はだめな人間だって陰鬱とした気持ちになって、
余計に情報発信から遠ざかったり。

でも、よく考えると「価値がある」かどうかをきめるのは
読んだ人が価値があるかどうかを判断するものであって、
発信者が「これは価値があるじゃろ?ドヤ」ってやるもんでもないんちゃう?

つまるところ、自分の体験やそこで感じたことや、解決の道のり、
喜びとか、その経験を経た上で自分がどう成長したのか。

そういうのって、自分の体験ではあるけど、そのプロセスを見せることで、
誰かの悩みを解決することが出来るかもしれない。

それって、価値のある発信ってことになりますよね、その人にとっては。

確かに、想定した特定の誰かに向けて書いたほうが効率がいいのかもしれないけれど、
それが出来ないからと言って、発信をやめてしまう必要はないって思うんですよ。

本当に価値がある発信かどうかは、読んでくれた人が決めること。

だから、この発信が価値があるかどうかを悩んで発信するしないを決めるんじゃなくて、
まずは解決や成長のプロセスを全て書いてみる。

それが響いた人がいれば、それは価値があるし、響く人がいなくても、
自分のプロセスを記録しておくことに意味がある。

今誰かの役に立たなくても、来年の誰かの役に立つ可能性だってある。

目の前の結果を得ることを、私たちは評価したくなりますが、
長期的な視点で評価することも大事なので、悩むくらいなら、
書いてしまった方がいいんじゃないかなって思います。

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