ただしイケメンに限る

どうも、人生を聴いて未来への確信を生み出すコーチ・カウンセラーの越川です。

ただしイケメンに限る

マイナス要素がたくさんあっても、美形なら許されると言うかよい面としてみられる、的に使われるいわゆる「オチ」みたいなものですね。

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容姿(ルックス)をイジる・ジリられる

小学校、中学校は面と向かって「サル」と呼ばれていました。

似ているからだそうです。

中学3年の時は「サルには人間の感覚がわからん」って言い放たれたなぁとか、今思い出しました。

感情に触れると今でもとても「痛みを感じる」記憶です。

ちなみに、高校は面と向かって言われることはなかったのですが、影では言われていたと思います。

大学は過去の話をわざわざ御注進する人がいましたが、彼は何がしたかったんでしょうかねぇ・・・


自尊心が低いと、自身を失っていく

小学校の時などは、親に嫌な思いをしていることを訴えたりしておりましたが、言われる方も悪い、反応するほうが悪いという両親でしたので、なぁんも状況は良くならないし、何があっても自分が悪いっていう自罰傾向もこの辺からあらわれはじめたかもしれません。

容姿・外見について傷ついたときに、心のケアがなくて、ついでに、言われる方にも原因があるとなると、他人に関わることがどんどん怖くなるんですよね。

「他社とのコミュニケーション」という自己能力にたいする自己評価が著しく下がった状態になるわけです。

そうすると、友人関係・恋愛・仕事など他社との濃いコミュニケーションが必要なときに、ものすごく苦労することが予想されます。

実際に好きな人が現れても、わりとあっさりあきらめてしまうし、他人からの好意は信じられなくなるわけです。


かえられないものをイジられることは

変えられないものをイジられる悲しみという記事を以前に書きましたが、その人のアイデンティティ(自己認識・自分は何者かという認識)に関わる部分をむやみやたらと「イジる対象」や「からかう対象」にして、実際の行動にうつしてしまうのは、個人的には罪が重いなぁと思わざるをえません。

対象となった人の周りの人たち(幼少期は先生や両親)がどのような態度で接するかによって、以降の人生がおおきく変ってしまうと思うのです。

私はあまり肯定的でない自分の自尊心がすり減るような言葉を両親からもらいましたが、逆にそのおかげで心や言葉のことを学ことになりました。

とは言うものの、やはり自分の周りで「かえられないもの」で傷ついている人がいたら、その痛みは理解した上で前向きになれるような、自尊心を失わないような言葉で接したいなと思います。