女神になるために、過去を癒す必要はない

女神と言う生き方をしている人たち。

私はそのサポートをさせていただいて

おりますが、女神つったって、

どーしたって人間です。


あたりまえなんですが。


生き方や在り方っていう、

目に見えないところを整える

ということは、

過去を引受け未来に責任を持つ

ということなのかもしれません。

ジャッジをやめるで苦しんでいる人がとるべき「たったひとつ」の態度

どうもー、越川です。

ジャッジをやめようってありますよね。

あれ、めっちゃしんどいと思うんですけど、

どうなんでしょう?

ジャッジをやめるで苦しんでいる人がとるべき「たったひとつ」の態度

f:id:toshihiro25:20170630002525p:plain

優劣・できるできない・あれが良い悪い

などなどなど。

それをやめて、ただ出来事や事象をみようと。

うっかりすると苦しくなるだけじゃね?

これって、自分の価値観や過去の

膨大に蓄積された体験を参照する反応を

やめようぜって事なので、

そうとう厳しいことを言っている気が

しないでもないなーって思うんですね。

事象にたいして、反応せずに

その出来事をうけとめられたら、

ものすごい楽だとは思うんだけど、

今度はジャッジした自分はダメなんだ・・・

ってまたジャッジしてしまって、

「ああああああ」

ってなるのは、本末転倒じゃないですか。

ただ、やっぱりジャッジしないっていうのは、

たしかに生きづらさが減るのは間違いないです。

おきらくにジャッジしないする方法



じゃー、このジャッジしないを、

なるたけ気軽にできるようにするには・・・

と考えると

「なにもしない」

が、一つの到達点じゃないかなーって

思うんですよね。

そもそも反応するのは仕方がない



なにかを見たり聞いたりして、

反応するじゃないですか、

わたしたちは。

で、その反応したことを、

これはいい事だの悪いことだの、

ネガティブだのって「ジャッジ」して

苦しくなってる。

だから、この反応したらしたでいい。

それを良い悪いって判断しない・・・

なにもしない。

っていうのが、自分を苦しめない

「ジャッジ」しない、

じゃないかな。

そう思ったのかー。

そういう反応をしてるのかー。

そうかー。

って。

上級者向けなのは出来なくてあたりまえ

ジャッジしないって言うのを、

最初の反応をしない

にしてしまうと自分の生理的反応を

超越するって事やから、

かなり上級者向けなんだよね。

うっかりすると、自己否定に

つながったりしないかなーって

思うんですよ。

「しょーがない」と「せやな」

反応してしまうのは「しょーがない」から、

そのまま「せやなー」って言うて

認めてあげたらええんですよ。

いちいち「ラベル」を貼るから

ややこしくなるだけで。

私はそう言うふうに

  • 「思った」
  • 「反応した」

のはしょうがない。

それでええよね。

反応そのものを何とかする・・・その前に



とは言うものの、自分を良くするために、

「反応」そのものを何とかしたい

そうじゃないですか?

そういう時は、反応している自分を

「そういうもんだ」

って受け取るところから始めると

スムーズです。

自分で自分に反発すんのはしんどいで?



反応している自分を認めてないのに、

それが嫌だから変えたい!なんとかせな!

ってなったら、自分自身が反発するよね。

自分以外の誰かとの事を考えてみても、

それは、わかるじゃないですか。

だから、ジャッジしないために

「なにもしない」

を使って、自分自身の反応をちゃんと

「わかってあげる」

って事が大切なんですね。

自分を受け入れるのに、やらなければならないこと。

どーも、越川です。

セラピーやカウンセリング、

もしかしたらコーチングでも、

言われることがあるかもしれない

自分を受け入れる

って一体どう言うことなの?

と言うお話です。

自分を受け入れるのに、やらなければならないこと。



f:id:toshihiro25:20170628231754p:plain

意識上の私と、思考上の私の会話で

御届けします。

ありのままの自分を受け入れるってなにしたらええの?



意識の私(以後・私A)

ダメな自分を受け入れる、

ありのままの自分を受け入れるって

よく言うやん?

思考上の私(以後・私B)

よく言うねぇ。

私A

どーやったら受け入れられんの?

私B

なんかやらなあかん、って思うやんな!

私A

せやねん

せやけど、何やってええかわからんやん?

私B

わかるわー。

でもな自分を受け入れるためにはな

何もせんでええ

これが、正解や。

私A

うそやん!

なにもしない、ってどう言うことなの・・・



私B

それが嘘とちゃうんや。

例えばや、なんか失敗してしまって、

自分はなんでアカンやつや、

と思ったとしよう。

私A

ふむ

私B

で、自分を受け入れなアカン!

っておもったら、このアカンやつやと、

思った自分をなんかせんならん、

ってなって、どないせいっちゅうねん、

てなるやん。

私A

せやな。

私B

でも、よう考えてみよし。

「ありのままの自分を受け入れる」

この場合は、失敗して

「なんてアカンやつや」

と思った、のが自分自身の感情やったり、

考えやったりやん?

私A

せやな。

私B

で、コレを受け入れる・・・と言う事はや。

ただ、なんてアカンやつやーと、

思った自分でいることやから、

なにもしない、ってなるわけ。

なにかをしようとしない。



私A

え、ほんなら、ネガティブな自分についても、

それをなんとかしようとしない、っちゅーことか。

私B

せやで。

ネガティブな自分こそ、ありのままの自分やろ。

受け入れるいうことは、

そのままでいることやから、

なにもしない。

私A

まじか・・・。

確かにせやなぁ。

ありのままの自分を受け入れると

言いつつ、ネガティブな考えや思考は

なんとかせなアカンとおもてるわな。

私B

せやねん

ものすごい罠やねんけど、

どうしてもなんかせなあかん気になるやん。

とくに、心に触れる勉強とかをしてると、

余計に。

私A

うわーマジかー。

結構長いこと、罠にはまってたわー。

私B

せやろー。

そいで、それに飽きたり、嫌やなーと思ったら、

変えたらええがなって話。

私A

なるほどなー。

ほんまなんかせなあかんって、

思いこんでたわー。


今日のまとめ。

ありのままの自分を受け入れるには、

なにもしなくていい。

女神になりたい人は必読です

どーも、越川です。

女神になりたい人は必読です

女神になるセッション(仮)って

どんな事をするんですかーと、

質問をいただきました。

f:id:toshihiro25:20170627225700p:plain


女神になると言うことは

「女神になる」って言うのは、

別に本当に神様になるって事じゃなくて、

要するに「生き方」とか「存在」の

話なのね。


セッションでやってること

大前提として

  • どんな風に生きたい?
  • どんな存在でありたい?

って言うことを考えてもらうところから、

スタートします。

あなたにとって

「女神って存在は、どんな感じ?」

ってところを、しっかりと考えましょーと。

そして「そうなりたい」って言う

女神像が固まったら、

その視点・視座・考え方・存在から

ズレずに生きてね。

って言うだけなんです(ひょうしぬけ)。


セッションはズレを修正する場所

あとは、セッションのたびに

  • この期間どんな事を感じていたか
  • この期間どんな意識ですごしていたか

なんかを聞かせてもらいます。

最初に産み出した「女神像」を意識して、

生きてますかー?って。

ズレてたら、

「なんかそれは、人間っぽいですなー」

って気がついてもらう感じです。

なりたい姿からズレている部分を

認識してもらって、改めて意識を

しなおしてもらう。

つまりは、自分で決めた

「女神のゾーン」

に居続けてもらうってことなんです。


過去と対決するときは?

んじゃ、その過程でどうしても

「過去の体験」

と向きあわなきゃいけなくなった時は?

そこで「くるくるセラピー」の出番です。

一撃ですよ(笑)

もともとの提供サービスだった

キネシオロジーのセラピーで、

少ない痛みで向きあうことで、

解消していきます。


くるくるセラピーは内包されます

じゃあ、もう「くるくるセラピー」を

単体ではやらないって事なの?

って事なんですが、

いまのところ女神セッション(仮)をメインに、

とんがって行きたいので予定はありません。

でも、リクエストがあれば再開するかもです。

突然女神になりたい人のセッションとか言いだして大丈夫?

どもー、越川です。

「女神になりたいんです」

っていう事を引き受けたね、

って言われることがあります。

突然女神になりたい人のセッションとか言いだして大丈夫?

f:id:toshihiro25:20170627000019p:plain



その上で、よく

「なりなはれ」

って言ったね、と。


気持ちが伝わる

それは、メールとかスカイプとかでは

伝わりづらい、対面でお話ししてわかる、

その人の放つエネルギーと言うか

オーラみたいなものを感じるることが

出来るからです。

これは、なんて言うか願望とか妄想とかじゃなくて、

本当に心の底からそうなりたい、

女神になりたいって願っているのだな

と感じたからなんです。

だからこそ

「なりなはれ」

と返したわけです。


女神と言う生き方

「女神になりたい」って言う人のための

セッションと言うことは、

女神という存在になりたいっていう

「望みがある」と思っている人が、

お越しくださるものだと思います。

なので前提として、その願いを信じると

いう事になります。

ただ、やはりトライアルセッション等で、

きちんとお話をうかがってからでないと

わからないなとも思っています。

もしかしたら、お断りする事もあるかもしれません。

じゃあ、なにか基準があるのか?

勘と言うと語弊があるかもしれませんが、

その想いや決意みたいなものを感じとれるか、

ということになります。

過去はどうあれ、未来をさだめそして、

生き方を変えるという話ですよね。

だから、覚悟や決意と言うものは、必要なことです。


何故今「女神になりたい」話を?

かくいう私も、この「女神になりたい」

をサポートするセッションをメニュー化する、

とかそういうセッションをしていた、

なんなら今もしているって言う話しを

するのは、やっぱり躊躇していたんですよね。

  • 需要がない
  • そんなひとおらんやろ

とか自己の視点からみた、恐れみたいなものですかね。

じゃあなんで、その話しをしようと思ったか?


自分のゴールから見たときに

私が自分自身の目標というか

ゴールとしているものに、この

「女神という生き方をしたい」

というのは、内包されてるんですよね。

だったら、それはちゃんと自分の言葉で

語ろうと思ったし、そう言う人がいたら、

お手伝いしたいな、と思ったんですよ。


生き方や在り方の事なのです

生き方や在り方なんて、偉そうに言えることは

無いのかもしれないけれど、

実際に手助けしてきたって言うのは

本当の話しだから、自信持って言葉にしようかなと。

人生をお預りするようなセッションを、

心が震えるような美しい生き方のサポートを

させていただいている事は、

このうえない幸せだなと思います。